2011.07.29

ハイコンテクストの行く末

こもっているようで浮遊感のあるサウンドと、どこか叙情的なメロディ、美しい「音」を届け続けてくれた日本のエレクトロニカの雄、レイハラカミ氏が脳出血のため急逝した。本当に残念だ。ご冥福をお祈りします。

岩永です。

 

 

日本や中東のように全て言葉にしなくても察してもらえるハイコンテクスト(文脈や背景や共通の価値観に頼る傾向が強い)社会は、

時代の変化に適応しにくく、ゆえに硬直化し、溜め込んだものが一気に爆発し劇的な変化を生むと。

明治維新、戦後がそうであったように、今の日本も過度期を迎えつつあるのではないかと。

ちょっと難しく感じる記事だけど、とても面白い内容。

『ハイ・コンテクスト社会は爆発する』
[月明飛錫(http://d.hatena.ne.jp/Syouka/20110726/1311698265)]
 

文化人類学者のエドワード・T・ホールが、、「文化のコンテクスト度」という概念を提示した著作『文化を超えて』の中で、最近気になっている指摘がある。

まず、簡単に関連する内容を要約しておく。

人間は、自己に内在するコントクストのおかげで、メッセージの情報が歪曲していたり欠落していても、それを自動的に正したり補ったりすることができる。

そしてコンテクストを共有していると、いちから説明する必要がないので、コミュニケーションを効率的に行える。日本のようなハイ・コンテクスト文化では、全て言葉にしなくても察してもらえるということになる。

暗黙知の共有を前提とするハイ・コンテクストの文化は、莫大な量の詳細なプログラミングの上に成り立っているだけに体系が強力であり、その体系内では創造的になりるが、変化しにくい。

体系外の新しい事態に遭遇したときには、コンテクスト度の一番低いところからやり直さなければならず、それに慣れていないこともあって、対応に手間取る。

一方、ロー・コンテクスト文化の欧米人は、古い体系内では創造性に欠けた対応しかできないが、新しい事態に遭遇したときにかなり創造的になりうるし、そのために莫大な量のプログラミングを必要とはしないので、変化が比較的容易だ。

そしてホールは、

「コンテクスト度の高い文化においては、人々の相互の結び付きが強いため、体系に相当な無理を強要する傾向がある。

そして爆発するときは、およそ予告なしに起こりがちである。限界を超えるときは、もはや立ち戻ることはできないほど遠くへ乗り越えなければいけない」(『文化を超えて』第八章より)

と指摘する。

ハイ・コンテクストな社会では、人々を結び付けている絆が強いがゆえに、多少の支障が起こっても無理をして既存の体系内で処理をしようとしてしまう。

前例を極端に重んじる日本の古い組織は、その格好の例だろう。

そして、本当に行き詰ってから爆発的な変革が起こるということだ。

こうした爆発的な変革の例は、わが国の歴史に確かに存在している。

明治維新のときには古い日本的なものを全て否定して西洋文明を受け入れようとし、第二次世界大戦での敗戦では、大和魂からギブ・ミーチョコレートに変わった。

ところで、これと似たことが書かれていたのが、7月はじめに大西氏がジョージ・フリードマンの著作『激動予測』を紹介したエントリーだ。

(以下、引用)

「興味深いのは、フリードマンは日本を「地震型社会」だとしていることです。

地震が多い国だという意味ではありません。

日本はアメリカのように絶えず変化し続ける「氷河型社会」ではなく、容易には変化しない国にもかかわらす、変化しないことによってたまりにたまった歪が一挙に吹出し、社会に激震をもたらす国だという見方です。」

私は『激動予測』を読んでいないので、フリードマンがどういった分析で日本を

「地震型社会」、

アメリカを

「氷河型社会」

と結論付けたのはわからないのだが、ここで指摘されていることは、ホールがハイ・コンテクスト社会は爆発し、ロー・コンテクスト社会は支障があればすぐに変化するとしたことと同じと思われる。

この20年間、日本は世界経済のグローバル化にも少子高齢化の進展にも対応できず、停滞している。

東日本大震災と原発事故で政治も官僚機構も機能不全に陥っていることが明らかになっているが、変革を待ち望む空気はあるものの、いまだにその兆しは見えず、マグマをどんどん貯めているように思える。

ただ、明治維新は後世から振り返ると一気に変革がなしとげられたようなイメージを持たれがちだが、実際は黒船が来航してから大政奉還が行われるまで、14年もの歳月がかかっている。

黒船来航前から徳川幕府の屋台骨は傾いていたことを考えると、同時代に生きた人は、変化は遅々として進まないように感じていたのかもしれない。

ところで、ここまではハイ・コンテクスト文化の代表として日本について書いてきたが、世界には日本以外にもハイ・コンテクストな国がある。『文化を超えて』では、中国、韓国、中東もハイ・コンテクストな文化をもつとされている。

中国では先日、高速鉄道の悲惨な追突事故が起こった。

なお、犠牲になられた方々には謹んで哀悼の意を捧げたい。

この事故が起こる前から中国庶民は、切符代が高額で、在来線の本数減少につながった高速鉄道に対して、良い感情をもっていなかったということであり、加えて経済格差が激しい中では、利権につながる政府高官は憎しみの的となっているようだ。

そうした背景もあるせいか、今回の事故では鉄道局は批判にさらされている。

鉄道関連株も暴落しており、高速鉄道の開通で値上がりが見込まれた地方の不動産価格が下落するとの観測も出ている。

これまで中国では、政治に不満があっても、経済成長が続いたことでなんとか社会の安定が保たれていたことを考えると、経済が混乱すれば、今後の状況は予断を許さないように感じる。